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智慧ある言葉

 
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大いなる自己の贈り物

そこにはもはや地図も、信条も、哲学もない
これからは、指示は神から直接来るのだ

毎瞬々々のインスピレーションによる

カリキュラムが展開されていく

目に吐は見えず、直観的に、自然に、そして優しく

トマス・マートンの僧のひとりが言う

「あなたの自室に入りなさい
あなたの自室は

知る必要のあることすべてを教えてくれるであろう」

あなたの自室、あなた自身


     アクシャラ・ノーア

 

座右の銘

私には両親がない  

私は天と地をもって両親とする

私には故郷がない  

私は気づきをもって故郷とする

私には生も死もない 

私は息の満ち干きをもって生とし、そして死とする

私には聖なる力がない 

私は誠実さをもって聖なる力とする

私には手立てがない 

私は理解をもって手立てとする

私には神秘がない 

私は性格をもって神秘とする

私には体がない 

私は忍耐をもって体とする

私には目がない 

私は稲妻をもって目とする

私には耳がない 

私は感性をもって 耳とする

私には手足がない 

私は素早さをもって手足とする

私には策がない 

私は私は「思考に惑わされぬこと」をもって策とする

私には計画がない 

私は「機に乗ずること」をもって計画とする

私には奇跡がおきない 

私は正しい行為をもって奇跡とする

私には主義がない 

私は限りない柔軟性をもって主義とする

私には戦法がない 

私は虚と実をもって戦法とする

私には才がない 

私は機転をもって才とする

私には友がない 

私は自らの心をもって友とする

私には敵がない 

私は不注意をもって敵とする

私には鎧がない 

私は慈しみと正しさをもって鎧とする私には城がない 

私はゆるぎない意志をもって城とする私には剣がない 

私は無我をもって剣とする

無名のサムライ 14世紀 日本

 

はじめに言葉があった

語られた言葉があった

それからずっとおくれて 

書かれた言葉が現れた

心の通じ合いは 言葉をよりどころにしている

言葉がなければ進歩はないだろう

本書における言葉は金の糸である

人間の始まりから今日に至るまでの物語を
織り続けている金の糸である・・・・

by ベティ・シャイン

 
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エドガー・ケイシー
の言葉

「人生を変える健康法」福田高規著(たま出版)より引用

”心は生きているもののうちにある活動する力である。

創造者の気かイメージである”

”心は仕事師である。建設者である。
考えることは行うことである。
思考はしっかりとした物である。
考えることは良くも悪くも具体化される ”

”心や想像がそれについて考えているもの、

また 肉体の感覚に絶えず結び付けられているもの
それが個人の成長の方向を決定する ”

”意志はハンドルまたは舵であり、心は動力であると簡単に考えてもよい
動力が働かなければいくら舵をきっても方向は変わらないし、
いくら動力が働いても舵がしっかりしていなければ 暴走してしまう ”

”はじめに目的を持ちなさい。
今、自分がどこにいるのかを調べて、確認した上で
その場所から行動しはじめなさい。
そしてその結果はすべての良き完全なものを与えてくださる
全一なる生命エネルギーにまかさなさい ”


”自分の理想はなんであるかを知りなさい。
そして、それを実行しなさい。
何もしないよりは、悪いことでもした方がましである ”

 

”法則の意味は行動してはじめて理解される。
知って何もしないのは生命の法則に反することである。
まず知ること、

次に知ったことを行動に移すことが

理解することとなる ”


”まっ先に考えなければならないのは自分のことである。
理想を掲げ、理想のために喜んで行動しなさい。
耐えなさい。今 自分がたっている場所から始めなさい。
頭で考えるばかりではいけない。
まず 勇気がいるような理想を持つことによって、

その理想のためならば
不可能と思われることにも

立ち向かう大胆さで行動しなさい ”

 

”意志でもって、

私たちがどのように真実との関係を生きるかという
地上での経験の中では

その意志の在り方が人間の運命となってくる ”

”どんな魂も

偶然にこの世界にやってきたなんてことはない。
以前に抱いた理想を達成したくて生まれてきているのだ。
そして今でも その理想の達成を

求め続けているというわけである ”

”いかに厳しい状況の中に生きていても
その実体の意志にまさる衝動はないし、
カルマでさえも意志にはかなわない ”

”自分自身を限定して囲いの中に入ってしまっていてはいけない。
自分の偉大なる可能性を感じ続けなさい。
いま自分に何が起っているか、自分の周囲を分析してみなさい、
日々の経験のうちで励み、
すべては一つとして作動していることを忘れてはいけない”

 

”本当のほんものは、実は私たち一人一人の内部にあるのだ。
外部にあるのは、本当の本物の影といってもいいほんものである。

経典も聖書も貴重な書物も、
本当のほんものを教えてくれるガイドブックであって、
それはそれで素晴らしいが、読むだけでは本物を知っただけである。

ほんものに出会いたければ、まず自分の心をたがやし、肥料をくれて、
良い種を蒔き、それを育ててみなければならない。

心を耕すのは意志であり、肥料はこの世の出来事、
そして良い種が理想である。
自分の行いで忍耐をもってそれを育てて、その結果は、すべて
良いものを育ててくれる生命エネルギーにまかせて待つことだ。

こうして 自分がほんものになったとき、
外部にあるほんものがはじめて見えてくる。
するとほんものを行動している人に会える。
ほんものを記した書物とも出会う。
身体も植物も動物も、

そして意識までがほんものを教えてくれるのだ ”

 

”あなたの微笑みによって・・・一言もしゃべらなくても
その日は他の人にとって輝かしい日となる。
そしてその一日を輝かせる事によって、
たとえほんの少しの間であっても、
あなたは全世界の情勢に寄与しているのだ ”

”友好的でありなさい。子供たち皆にほほえみかけなさい
やさしい言葉は激怒をかえて喜びにする。
あなたにもっと喜びのある一日をもたらす。 
他の人たちにも、もっと喜びのある一日をつくってあげなさい。
そうすることが、自分にも平和と調和と喜びを見出すことになる”


”私たちが地上に平和を願うならば
私たち自身の心の中に平和がなくてはならない。
それなくしてなんで地上に平和がやってこようか ”

 

”他の人たちをよく思うようにしなさい。
もし 他の人たちのことをよくいえなければ
まったく何もいわないで 
そんなことを考えることもしないようにしなさい ”

”決して 他の人を嫌いになってはいけない。
人ではなく、その人が表していることを嫌いになりなさい
そしてその人のよいところをみるように ”


”他の人のよいところをしっかりと見ていれば
どうしてそのことに感心したり感激したりしないでいられようか
私たちはそれを素直に表現することによって 
やがてその言葉どおりの結果に出会っていくという世界に住んでいるのだ”

 

”最も偉大な人とは すべての人たちに奉仕することのできる人である ”

”正しい行為とは何であろうか、これはまさに親切であること。
まさに高い理想をもつこと、まさに自己を捧げること
まさに喜んで盲人に手を貸すこと
足の悪い人のためには、その足となることである ”

”他人から悪意或る言葉を浴びせられ、意地悪をされたときも
無視するのではなく、逃げるのでもなく、善意で辛抱し、
その人が困った時には援助する気持ちを養っておく
それが堪忍である ”

”忍耐とはすべての徳を行動に移すことである
それは私たちを他の人たちを祝福する通路とすることである。
知っていることを日々に適用するという忍耐なしに
私たちは進歩する事は出来ない ”

”しなければならないことをしなかったという怠慢は 
決して そのまま許されはしない。
しなければいけない状況が、鏡の中に
それをするまで何回でもやってくるというわけである
積極的に人生を生きる必要性がここにある。

それが忍耐である ”

 

”忍耐とは私たちの前に立ちはだかる困難を見極めて
それに対する手だてを考え、 行動し、その上で待つという
常に積極的な意味があるのである。
言葉をいいかえていえば、何も対策を打たないで手をこまねいて
我慢するのではなく、積極的に行動することをいとわない根気である。”

”援助とは 人を引っ張りあげることでなく、
はじめお尻を押し上げて やがて その人によって引き上げられる
ようにその人をすることなのである。

自分ばかりが苦労して強くなり、
人にこうしろ、ああしろとまとわりつくりも、
その人にこそ強くなってもらうことを考えていかなければ、
その人の苦しみはあとになってさらに増えてふりかかってきてしまう 
決して その人を物質的に援助して、それだけでよしとすることではないし
また その人が自分でしなくてはいけない機会をうばって
私たちがどんどんやってしまうことではない 

少し離れて見守っている態度。
その人の美徳を見ていく、自分の自由にしたり、
手をくだして干渉しないようにする。
その人が自分で自分の問題を解決する力を発揮できるようにしむける事

優位に立っている自分が他の人の上に君臨して
おせっかいをやいて自分の考えるとおりに納得させて
または腕ずくでも引っ張っていくという意味では
決してないということである。

自分より弱い立場の人たちを、かわいそう、かわいそう、といって、
その弱いままにさせておくことではなく、その人の個性を見て、育て
その人に自分でやる気になってもらい、自分自身の理想を明確にして
自分の足で前進するように援助すること ”