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​野のゆり

忘れ去られた記憶の物語

 

今よりもずっと昔のこと。
ヨーロッパでまだ森と泉がゆたかだったころの話です。

とある小さな村に、三人の小さな幼なじみたちが暮らしておりました。

ローレライは妖精のようにかわいらしい少女で、その愛くるしいほほ笑みの前にはだれもが優しい気持ちにならずにはいられないのでした。ミレーヌは、ちょっとのことでも怖がってすぐに泣いてしまう、内気なおとなしい少女でした。ジャンは、虫一匹ころすことができない優しい少年でした。でも、少女たちよりひとつだけお兄さんでしたから、二人の少女が泣きべそをかこうものならまっさきに飛んで行って、騎士さながらにふるまっていたものです。 

 

三人はじつの兄弟以上に仲がよく、なにをするにも、どこにいくのも一緒でした。もちろん、村にはほかにも子供はたくさんいました。なぜこの三人なのか、どうしてこうも仲がいいのか、不思議に思う人もいたことでしょう。けれども子供が仲よくなるのに理屈などはいらないものです。
村人はこの三つ子のような幼なじみたちが仲よく野山を駆けめぐるのを、ほほえましい気持ちで見つめていたものです。 
でもいつまでも三人で、というわけにはいきません。なぜかといいますと、一人の男の子と二人の女の子、この子たちはいつまでも子供でいられるはずはなく、いつかはおとなになってしまう時がきてしまうからでした。
この無邪気な友情がいつか形を変えてしまうことは、避けては通れない現実というもので、さびしいけれどそれが大人になっていくということなのです。

 

それから、いく年月かが経ちました。
三人の仲の良さは相変わらずでしたが、ジャンは18歳の立派な青年に、ミレーヌとローレライはそれぞれ16歳の美しい少女へと成長していました。野山をじゃれあって駆け回るにはもう似つかわしくない年齢です。
一人前の大人になるためにそれぞれ大人の仕事を覚えなくてはなりません。子どもたちだけの時間は終わりを告げ、3人はそれぞれ自分だけの時間や秘密をもつようになっていきました。そして、みんなお嫁さんとお婿さんになってもおかしくない年ごろなのです。

ローレライの美しさは、村だけではなく近隣の町や村までにも広まっていました。ですから、この美しい娘をぜひにと言う求婚者は、あとをたちませんでした。けれども、ローレライはだれのお嫁さんになるつもりはありませんでした。たった一人をのぞいては・・・
そう、子どもの頃からいつも一緒だった幼なじみ、兄のように寄り添っていた少年と彼女はいつしか愛し合うようになっていたのです。

 

ですから、17歳の誕生日のこと。ジャンがプロポーズしてくれた時には、一晩中そのご自慢ののどを夜鷹や森の番人たちに聞かせていたほどです。
村人たちは、三人の幼なじみの中から恋人たちが誕生することを確信していましたので、二人の結婚を祝福してくれました。二人の両親も大賛成でした。もう一人の幼なじみであるミレーヌもまた、兄弟にのようにして育ってきた二人の婚約にお祝いを言ってくれました。 

(人生はなんと素晴らしいんだろう)
彼女は子どもの頃から夢見てきた幸せを噛み締めていました。 そして、
(この幸せがいつまでも続きますように・・)
と、神さまに心から祈るのでした。

 

長いレントが明けて、イースターのお祭りがやってきたとき、ローレライとジャンの結婚式が祝われることになりました。 
結婚式の前日、ローレライはうれしさのあまり、眠ることができません。ベッドに入っても、すぐに目を覚ましてしまうのです。
「おはよう、雲雀さん。今日はわたしの方が早起きね」

ローレライはきょう、村でいちばん早起きなのは、めん鳥でもなく、パン屋のおじさんでもなく、自分ではないかと思いました。あの地上を夜から朝へとぬりかえていく太陽でさえも、今朝はお寝坊に見えます。壁には今日の日のためにと、ミレーヌと母さんがつくってくれたレースのドレスがかかっています。


ローレライがはずむ心でそのドレスに袖を通していたりしますと、窓を小さくたたく音がしました。その音に振りむくと、ミレーヌが立っています。彼女も眠れなかったのでしょうか?すこし元気がないようです。 
「おはよう、ローレライ。ブーケの花を摘みにいくのでしょう?わたしも一緒に行くわ」 

 

この村の古いしきたりで、花嫁は結婚式の朝ブーケにする花とハーブを、自分でつみにいかなければなりません。そうしなければ永遠の愛と幸福を手に入れることができないというのです。

二人はまず、丘の上にある小さな花畑に行きました。が、まだ時期が早いのでしょうか。思ったほどたくさんの花は咲いていません。
「あの秘密の場所にいけば、きっとたくさんの花が咲いているはずよ」
ミレーヌの言葉にローレライは小首をうなづかせました。

二人は、子供のころよく三人で遊んだ森の奥へと、花を探しに行くことにしました。なるほど、あそこなら滅多に村人が行かない場所なので、きっとたくさんの花が咲いていることでしょう。

 

「わあ・・本当に、たくさん咲いてるわ。ローズマリーも、ウッドラフも、ヴァリレアンも、りんごみたいに愛らしいかおりのカモミールも、ここはまるで楽園ね」
ローレライは夢中になって花をつみました。おやおや、あしたからは人の奥さんになろうという娘さんが、子供のようにはしゃいで、困ったものです。でもきょうは特別な日なのですから、しかたありませんね。
「見て、ローレライ。あそこにきれいな白ゆりが咲いてるわ」
ローレライは、ミレーヌが指さした場所に目をとめました。

なんて、大きな白ゆりなんでしょう!
あんなに美しくて見事な白ゆりは今まで見たことがありません。でも、そのゆりはとても深くてきゅうな崖のはしに咲いていました。もし足を踏みはずしでもしたら・・・大変なことです。この高さから落ちて命を落とさないわけがありませんから。
「イースターに咲く白ゆりは、しあわせの再来を約束してくれる花よ。今日の花嫁のブーケに入れたらどんなに素敵かしら」
その言葉に、ローレライはどうしてもそのゆりが欲しくなりました。木の枝につかまりながらおそるおそる手を伸ばすと、思ったより簡単に、その花を手に入れることができました。

 

「どうしたの?ミレーヌ」
そのときローレライは、自分をおおう黒い影に気づきました。 
ミレーヌは、今までローレライが見たことのない、冷たい顔をしてこちらを見ています。次の瞬間、彼女の言った言葉にローレライは自分の耳を疑いました。


「あなたが憎いの、死んでちょうだい」


が、それは聞きまちがいではありませんでした。
「わたし、ずっとジャンを愛してたの・・・彼だけをみてきたの。あなたはわたしにはないものを何でももっているのに、手に入れることができるのに・・あなたがいなければ、あなたさえいなければ、きっと彼はわたしを選んでくれたのに」

ローレライの美しくしなやかな身体が宙を舞いました。
切りたった岩肌のあちこちにぶつかりながら、身体は下へ下へと転がって行きます。不思議なことに、それはまるでスローモーションのようにゆっくりとしています。そして、彼女には冷静に自分の死の瞬間をまるで他人事のように受け止めることが出来るのです・・・けれど、そんなのはどうでもいいことです。
(ああ・・・わたしは死んでしまうのだ)
自分の身体がばらばらに砕けていくのを感じながら、ローレライは、愛する両親やジャンの顔を思い出していました。

さよなら、優しかった母さん、父さん・・

・そしてジャン。

 

どのくらいの時間が経ったのでしょうか?
ローレライは目を覚ましました。そして横を見て、ボロボロになった自分がいることに驚きました。
「これは誰? 信じられない? 私なの??」
ローレライは死んでしまい、魂と肉体に別れてしまったのです。そのからだはかつての美しいすがたからは想像もできないほど、醜くかわりはてています。


(ああ・・私、死んでしまったんだわ)
魂になったローレライは、そんな自分の肉体を哀れに思いました。ローレライはそんな自分に、せめて土をかけてあげようと思いました。けれども、彼女の手は土をつかむことができません。あたりに咲く茨の枝をおり、覆おうとしても、それもできないことなのでした。


(ああ!)
 ローレライの心に哀しみがこみあげてきました。
(父さん、母さん・・)
彼女が暖かい家を思うと、ローレライの魂は風のように一瞬にして彼女の心を運んでくれました。

 

村へ帰ると、人々が悲しみに沈んでいる光景に出会いました。楽しいはずの結婚のうたげは、一転して悲しみの葬列へと変わっていたのです。そこには花嫁をなくした、可哀想な花婿のすがたがありました ひとり娘の死を嘆き悲しむ両親のすがたも見えました。


「母さん、父さん!! 泣かないで」
自分がここにいることを伝えたくても、彼女にはそれを伝えるすべがわかりません。ローレライはもどかしくてただ悲しくなりました。
「かわいそうなローレライ。あの娘は優しくていい子だった」
かつてローレライにあまり親切でなかった村の女たちも、この不幸な娘を思って涙を流してくれています。
おまけに彼女の可哀想なからだは、土に埋めてもらうことができませんでした。ローレライは、人が立ち入ることのできないところに落ちてしまったので、そのままにしておくほかはなかったのです。 
「彼女が死んでしまったなんて、信じられない。だれか、嘘だといっておくれ」


「ジャン・・わたしよローレライよ」 ローレライがジャンにいくら話しかけても、ジャンには彼女のすがたはみえません。彼はローレライが落ちてしまった崖の上で、いつまでも泣いていました。その隣には、ミレーヌが彼をなぐさめるように立っています。ミレーヌは、ローレライが足を滑らせたとうそをついたのです。彼女の涙を見る、ローレライの心は複雑でした。
友達だと思っていた彼女が・・・子供のころから仲がよくて、一緒に育って、大好きだったミレーヌが、自分を殺したいほど憎んでいたなんて・・・ローレライはそのことを思うと、とても悲しくなりました。からだはもうないので、その痛みはなかったけれど、心がとても痛くてはりさけそうでした。

 

なんて悲しい日なのでしょう!
 
本当なら、きょうは人生でいちばん幸せな日になるはずだったのに・・みんなの祝福をうけて、愛する人の花嫁になり、あしたからは幸せな日々がつづくはずだったのに・・・何ということなのでしょうか。
一体わたしが何をしたというのでしょう。何かわるいことをしたのでしょうか?自分は誰かを傷つけたり、神さまに不誠実だったことがあったのでしょうか。ローレライはあれこれ考えました。でも分かりませんでした。


ローレライは我が身の不幸を嘆くしかありませんでした。そしてこんなことになってしまった自分の運命をのろい、そんな運命をくれた神さまを恨みました。
彼女は自分を殺したミレーヌを憎みました、友達のふりをして心に刃を隠していた彼女を恨み、自分を殺した彼女の不幸を願い、ひたすら憎むことしかできないのでした。

 

それからどのくらいの月日が過ぎたのでしょうか・・夏が来て、秋が来て、冬が辺りを白く染め、季節は繰り返し、何度となくイースターも通り過ぎて行きました。
人々はまだローレライのことを忘れてはいませんでしたが、生きているものは死んだもののことよりも今のことを考えるようになるものです。

ミレーヌは愛する人を失って悲しみにくれるジャンに、それは献身的に尽くしました。
誰も彼女がローレライを突き落としたなどとは気づかなかったのです。ジャンも疑いのかけらすら持っていません。偽りは見えず、哀しみを埋める暖かい光のみ見いだしたのでしょうか・・ジャンはミレーヌにプロポーズをしました。
誰もがそれは当然だと思いました。今度も村人は二人を祝福しました。
それから、ああ! なんということでしょう。ローレライの両親は彼女が着るはずだったドレスを、娘と実の姉妹のように親しくしていたミレーヌにプレゼントしました。
ジャンとミレーヌはみなに祝福されて結婚し、やがて二人のあいだには可愛い男の子も生まれました。 

 

そのころ、ローレライは天国にいけずに、まだこの世をさまよっていました。運命や神さまを恨み、人を憎む心をもってしまったために、天国への道を見失ってしまったのです。
生きているものの世界と、死んでしまったものとの世界では、時間の流れがちがうので、地上での数年間も死んだものにはあっというまの出来事に感じられます。

ミレーヌが平和で幸せな家庭を手に入れて行くのを、ローレライはただじっと悲しく恨めしく見ているだけでした。
両親がかつて自分が着るはずだったドレスをあの憎い娘に手渡した時は、心が張り裂けんばかりでした。
「わたしをこの暗くて冷たい闇の中に突き落としたのは彼女なのに・・」
本当だったら、あたたかい暖炉の前で赤ん坊を抱いてにっこりほほ笑んでいるのは、自分であったはずなのです。  

わたしの幸せを奪ったあの女をわたしは決して許さない。
彼女はとっくに神さまの言葉を忘れてしまったのです。

ローレライが人を憎めば憎むほど、彼女は天国から遠くなってしまうのです。

 

ある日、そんな彼女の耳元にささやきかけてくる声がありました。
「そんなにあの女が憎いのかい?」
「ええ、憎い。だって、あの人がわたしを殺したのだもの。友情を裏切って、わたしからすべてを奪って、わたしが手に入れるはずだったものを手にしている」
「ならば、わたしがおまえに、命と復讐のチャンスをあげよう」
「ほんとうに?? そんなことが? ・・・・でも、まって!あなたはいったい誰? 」
「おれか? おれはおまえたちの神に呪われしもの。人は忌まわしき獣、悪魔と我らをよぶ」
「悪魔? 悪魔ですって! そう・・・けれども、ふしぎね、今は怖くはないの。昔は悪魔がとっても怖いものだと思っていたのに、何故かしら わたしも神を憎んでいるからかしら」

悪魔がローレライの心の憎悪を見つけて、契約を持ちかけてきたのです。
悪魔はミレーヌの命を要求しました。でも、もし彼女の命を奪うことができなければ、ローレライは地獄に連れて行かれてしまうのです。悪魔はこうもいいました。
「誰かおまえを心から愛している人に、名前を呼びかけてもらわなければならない。その呼びかけに返事をしなければ、そのまま地上で生き続けることはできないのだ。ただし忘れるな、月が六回欠けて満ちるまでのあいだだ。そして自分から、本当の名を決して名乗ってはいけない」

悪魔のだした条件は、とても難しいものでした。けれど彼らは本当に貪欲なのですから、このくらいの制約はあって当然というものです。それにローレライは自分を不幸にした女を、それがいくら幼なじみであっても許すわけにいかないのです。彼女は悪魔との取引に応じることにしました。

 

「本当に、わたし生きてる! 身体があるわ!!」

悪魔のいうとおりに目を閉じて、次に目を開いたとき、ローレライは地上に倒れていました。彼女は自分の身体のあちこちをつねって、なんども肉体があることを確かめました。


道をさまよっている彼女を見つけて、馬車に乗っていたお金持ちの夫人が話しかけてきました。崖からおちた時そのままのボロの衣装をきている彼女をみて、孤児だと思ったのでしょう。ローレライはおなかがすいていることに気がついたので、その夫人についていくことにしました。

その夫人の家はたいそうなお屋敷でした。そしてローレライは、ここが自分の生まれた村の近くの大きな町であることを知りました。聞けば、夫人は夫と娘をはやり病で同時に亡くしたばかりとのことです。
そんなわけで、彼女はこの孤独な未亡人の養女になりました。本当の名を口にすることができないので、ローレライは記憶をなくしてしまったふりをしました。
未亡人は、レティシアという死んでしまった娘の名前をローレライに与えました。

 

未亡人の屋敷に美しい養女がきたことはすぐに評判になりました。やがてその評判は、少し離れたローレライの村にも伝わっていったのです。
「隣の町にレティシアというとても美しい娘がいるそうだ。おまけにその娘は、あのローレライにそっくりだという話だ」

幸か不幸か、ローレライの遺体を見たものは誰もいません。ですから、やがて人の口のはしに、もしかして彼女が生きていて、単に神かくしにあっていただけなのでは、と のぼるようになっていました。
当然ながらこのうわさはジャンの耳にも届きました。ジャンの心はローレライを忘れてしまったわけではないので、ぜひともいつか彼女にあってみたいものだと強く思いました。

ジャンのその希望がかなう日がやって来ました。彼は大工をしていましたから、お屋敷の修復に呼ばれたのです。屋敷に入ってレティシアに会うなり、ジャンはびっくりしてしまいました。彼女がローレライにうりふたつだったからです。似ているとは聞いていましたが、彼女はローレライそのものでした。
「こんな奇跡が・・・? いや、彼女であるはずがない。何故ならあれから、もう何年もの月日が経っているのだから」
けれども、自分が覚えている、あの日のローレライそっくりな美しいほほ笑みをうかべているレティシアに、ジャンは日に日に思いを募らせていくようになりました。

 

ジャンのこころが離れていくのを、ミレーヌは悲しく見つめているだけでした。
まじめで働き者で良き夫だったジャンは近ごろは何かにつけて、町に出かけてしまいます。わかっています。あの屋敷へ、あのレティシアという名の女性のところへ出かけていっているのです。

ローレライが死んでしまったからといって、ジャンは彼女への愛情を失ってしまったわけではなかったのです。彼女はあらためてそのことを思い知らされたのでした。
でもこれは自分が、幼いころからの友情を裏切り、あんな形でローレライからジャンを奪った罰なのだと悔やみ始めていました。心というものはそういうふうにして手に入れるものではないのです。ミレーヌはそのことに気がつき始めていました。いいえ、今は人の母になった彼女はとっくに気がついていたのでしょう。
幼いわが子を抱きしめながら、彼女は涙しました。


命とはなんと、尊いものなのでしょう!
その命をかつての自分は奪ってしまったのです。
この子を失ってしまつたら、自分は何と哀しいことか・・
無邪気な子どもの笑顔を前にして、ミレーヌは自分の罪の赦しを乞うのでした。
「ああ・・・神さま」

 

それからひとつ、月が満ちてからのことです。


ある日、ミレーヌのもとに町からお金持ちの貴婦人がたずねて来ました。ジャンは今日もお屋敷に仕事で出掛けています。
その女性は、聞けばドレスをぬってほしいとのこと。なにもこんな村にわざわざこなくても、町にはたくさん評判のよい洋服屋やお針子がいるのに、とミレーヌは不思議に思いました。


「わたくし、レティシアといいます」
その名前をきいて、ミレーヌのお茶を入れる手が止まりましたした。
貴婦人がゆっくりと帽子をとり顔をあげました。
ミレーヌはびっくりして言葉を失ってしまいました。レティシアはローレライににている、というよりローレライそのものだったからです。

「ローレライ・・・?」
「そう、わたし。あなたが崖から突き落とした女です」
「生きていたの?」
「生きて?? あんなところから突き落とされて生きていられる人がいると思う?」
そういえば、あれから何年も経っているのに、彼女は年をとったようには見えません。ミレーヌは気を失いそうになりました。
レティシア、いえローレライはそんなミレーヌにつめよりました。
「なぜ、わたしを殺したの?わたしたち子供のころから仲良しだった。友達だったのに」 
ミレーヌは気が動転していました。死んでしまったと思っていた人間が、目の前にいるのですから無理もありません。しかも、その相手は自分が突き落としてしまった人間なのですもの。
彼女は泣き崩れました。


「許してちょうだい。わたしは優しくてキレイなあなたが好きだった。けれどもそれ以上にジャンを愛していたの」

 

ミレーヌは、美しいローレライと違って赤毛でそばかすの自分にずっとコンプレックスを感じていたこと、いつもローレライと比較されてつらかったことを打ち明けました。

「あなたはみんなから愛されて、村中の男の人たちがあなたに恋してた。けれどもわたしには・・みじめなわたしに優しくしてくれたのはジャンだけだった」

彼女もずっと後悔して苦しんでいた??

ローレライの心に幼いころの楽しかった日々が、思いだされました。この告白をきくまで、ローレライはミレーヌの苦しみを知りませんでした。そして彼女は知らず知らずのうちに、自分がミレーヌの心を傷つけてきたことも知りました。けれど、彼女はその思いを振りきるのでした。

「わたしはあなたを許さない」
ローレライの手には、ナイフが光っていました。
それを前にして、ミレーヌは覚悟を決めました。これは受け入れるべき当然の罰なのだと・・・

 

「ママ、ママ・・・どうしたの?」
あどけない声に、ローレライの手がひきとめられました。子供が、母親の泣き声をきいて目を覚ましたのです。

「いいえ、許せない。許すわけにはいかない。わたしがどれほど苦しんで、つらかったと思うの?」
ローレライの手はふるえていました。
「許してとは、言いません。けれど・・もう少し待ってちょうだい。わたしのおなかには今いのちが宿っているの。だから、お願い。せめてこの子が産まれるまでは、待ってほしい。そうしたら、わたしはいさぎよく罪をつぐないます」 

自分はなんのために、きょうまで過ごしてきたのでしょうか・・・ローレライは悩みました。悪魔との約束の期限は、もうのこり少ないのです。でも、自分が母親の命を奪ってしまったら、この幼い子供とはどうなるのでしょう。新しく生まれてくる命は?
そしてジャンは二度までも、愛する人を失う悲しみに出会ってしまうのです。彼女の目に、涙がひとつぶ光りました。

 

ローレライの手から、もっていたナイフが滑り落ちました。 ローレライにはミレーヌを殺すことができなかったのです。

「パパ・・パパ!!」
 気がつくと、ジャンが玄関の前にたっていました。 彼は泣きじゃくる子どもと妻をかけよって抱きしめました。
「とてもかわいいお子さん」
「ええ、妻に似ていてとても良い子なのです」
「子どもはとてもかわいい。わたしにもこんな無邪気な頃がありました」
「君は、やっぱり・・・」
 ジャンがその名をいいかけたとき、ローレライはそれをさえぎるよう言葉を残して立ち去るのでした。
「おめでとう、お二人目がお生まれになりますのね・・・いつまでも、お幸せに!」

 

外へ出ると、夕焼けがとても美しいばら色に空を染めていました。子どもの頃にみたあの空の色です。
なんて美しい空なのでしょう。
なんて世界は美しいのでしょう。
ローレライはこんな景色をもう何年も見ていませんでした。というよりも、彼女の心がこんな景色を見ることができなくなっていたのです。美しい心を失って、美しいものがわからなくなっていたのです。
憎しみと恨みで心がいっぱいで、それ以外のものを見ることができなくなっていたのです。

歩き出すと、道の途中にローレライの両親が立っていました。両親は彼女をみるなり、
「ローレライだ、わたしたちのローレライがいる。ああ神さま・・あなたはわたしたちの娘のローレライでしょう?そうだといっておくれ」 

自分を愛してくれている両親の問いかけに、ローレライは、
「いいえ、違います。わたしの名はレティシアです。お気の毒ですが、あなたたちの娘さんではありませんわ」
彼女は天使のようなほほ笑みを浮かべて、首を横に振りました。白鳥のように白い首、誰がみてもあのローレライだというのに・・
そして彼女はがっくりとうなだれる両親の前を去りました。心で永遠のお別れを告げて。

 

ローレライはあの秘密の楽園にきていました。悪魔との約束を果たせなかったのですから、もうじき悪魔が迎えにくるはずです。ローレライはじっとそのときを待っていました。
もう、ミレーヌへの憎しみはありません。あるのは懐かしい思い出だけです。無邪気に笑えてたあの頃の自分たちだけです。
彼女は人を憎むことのむなしさを知りました。
人を赦すことの尊さを知りました。
それが自分をこの長い苦しみから救われることだったのです。

夕焼けが山にキスをして、闇に飲まれていこうとしています。 彼女の肉体がすこしずつチリに飲まれていきます。
ローレライは覚悟を決めました。

 

すると、どうでしょう。
天から、まばゆい七色の光が降りてきて、美しい花々とともに彼女のからだを包みこみました。天使がラッパをふきならし、聞いたこともない美しい音楽を奏でています。その瞬間、ローレライは光りになっていました。彼女は天国への道を見つけることができたのです。

 

ローレライが去ったその場所に、季節はずれの白いゆりが風に揺れていました。

この花はこれから多くの娘たちの、愛と幸せを守ってくれることでしょう。 

 
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これ実は5際の時に書いた物語なんです。幼稚園のお絵かきの時に、ふっと過去生の記憶が蘇ったというか思い出して、それを子供なりに書き留めておいて。

それを下書きにアンデルセン童話を意識して書き直したものです。

今読み直すとハズいですが、「人を許すこと」や「贖罪」など、今の私の人生のテーマがちゃんと詰まっているので、恐るべしって思いました。